に投稿

思考の整理整頓(長文)

どうやら私は数年に1度大規模な部屋・自分の持ち物の片付けや整理整頓をしたがる人間らしく
先日ふと、本当にふと
「あーまたおっきい片付けしたいなぁ」
と思い立ち、昨日からとろとろと片づけを始めています。
なんかね。自分が本当に好きなものだけに囲まれて暮らしたいんですよ。最低限必要なものだけと言うか。
ものの少ない暮らしがしたい。
というなんとなくな理由から始めたんですが、こう
いるもの・いらないもの・残しておく必要があるもの・残しておきたいけど「今見たからそう思っただけで実際今まで触ってすらなかったよね!?」って言いたいもの
…とかって分けて片付け始めてみると、結果『風通し』がすごいよくなったんです。
片付けてみて空間が出来て、そこに新しいものを迎える喜びの余裕が生まれたみたいな。
まぁ結局「新しい『もの』を迎えるんやん」というツッコミは横に置いておくとして、その『風通し』から入ってくる『気持ちのいい風』がすごく好きだなー、片付けてよかったなー、と思わぬというか想像以上の喜びがあったわけですね。はい。
で、昨日も片付けをしていたわけですが…ここで本題というか昨晩の私のツイートを全文載せさせてください。
今日はテキストオンリーですよ!

大規模なものの片付け・整理整頓開始。今日は漫画と漫画以外の本、CDに取り掛かった。私は物語を創る・何かを表現する人間であるはずなのに、昔に比べたら怖いくらい漫画も小説も読まないし、買わなくなった。つまりが紙媒体の作品にほとんど触れていない生活をしている。(続
恐らくだけど
1.単純に、気が進まないから
2.作品に集中するまでの時間とエネルギーがなかなか確保出来ないから
3.強迫性ライクな、『ちゃんと読んだか、そのコマその文を理解して読んだか』という『確認』のエンドレスで読むのが難しいから
…ここら辺なんじゃないかと思う。(続
正直、自分でも「漫画も小説も読まず音楽もそれほど聴かず、私はどこからエネルギーを得ているんだろうか」もはや「それでも表現者か」と問い詰めたくなる域なのですが、そんな中でも今日、かなりの漫画とCDを手放しました。(続
正直、なぜか安堵しています。読む機会を失ったのに「漫画を描く者なら置いておけ」みたいな威圧感というか強迫的なものが物理的にあったのかも知れない。冊数で善し悪しが付けられる世界ではないけれど、私は、本当に好きな漫画3冊とそれ以外の本3冊があれば充分なタイプだと思う。(続
本当に好きなものだけに囲まれて暮らしたい。あとベッド欲しいです。
以上思考の整理おしまい。


…ということなんだけど。要約すると
作品を創っている・表現をしている・特に漫画を描いている人間なのに、これほどまでに漫画を手放すことが多いことが不思議で疑問
そんな人間なのに昔に比べて本当に漫画も小説も読まなくなったし買わなくなった。これいかに。
でもそんな塩梅が自分には丁度良く感じる。これも不思議
ということです。
まーね、あれもあるんでしょうね。お決まりの『~であるべきだ』っていう思考回路。
漫画を描く者は漫画をたくさん持っていてたくさん読むのが普通
表現する者はそういった他者の作品からインプットをすべき

みたいな。
今ここまで自分の頭の中を整理してみたら
別にそうじゃなくてもいいやん
というひとつの結論にたどり着いたような気がします。
すみません、書きながら思考の整理していました。
あー、なんか絡まっていた糸がほどけたようだ。別に、私は私のやり方でいいんやん。
片付けるのが心地よくて好き。
漫画や本やCDも、たくさん持っていなくてもいいっていう自分の性分も分かっている。
それ以上に何を無理する必要がある?
表現をする人間に『こうでないといけない』なんてテンプレートはないはず。
自分で勝手に作ってあたかもそれを一般論だと思い込んでいる『~でなければならない』という考え方は、かなり私の中に根付いてしまっています。今みたいに、ひとつひとつほどいていく作業が出来れば、もっと私は過ごしやすくなるんじゃないのかなーと現実の思考回路は置いといて、そう思い描いております。
あーよかったです。私の思考の整理整頓に、そしてこの長文に最後までお付き合い頂きありがとうございました。本当に。

0