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光と闇、太陽と月、生と死

おはようございます。
朝起きたら私の存在が消されてました。鼻で笑うしかないです。
さて。
実はサイト開設初期は、更新履歴をこのブログのトップに固定していました。
固定していた日付は『2016年8月20日』。
サイトを開設したのは2012年11月26日です。
なんで『2016年8月20日』に設定していたのかというとですね、この日を私の命日にしたかったからです。
はいすみませんやっぱりこういう人間なんです私
「さー活動を始めるぞーーー」と意気揚々としている反面ね、ちゃっかりね。何がちゃっかりなのか分かりませんが。
そして更に、2012年の段階でとりあえず8月20日を自分の命日にしていたので、毎年この時期は生きているにも関わらず自分を偲んでいました。ある種の変態ですかね。
そして更に更にぶっちゃけると、自分で自分の追悼サイトを作って自分自身を慰めていました。もう手のつけようがないですね。
傍から見るといやちょっと主観的に見ても、頭がアレな人としか思えない。
はい、ここから弁解タイムです。
なんかね、こうでもしていないと生きていられなかった。
「それ程生きるのが辛かった」とか「死にたかった」というより、自分がこの先も生きていくであろうことが受け入れ難かった。
生きているけれど、生きている自分を、せめて自分の中で殺しておかないとやりきれなかったのです。
だから、架空でもいい。架空でもいいから『自分が死んだ日』があるというのは私にとって大きな癒しであり救いでした。
自分が死んだ日という『設定』があるから生きていられるという不思議な感じ。
根本的に私は自分の死に癒しを見出す人間なので、このポイントを押さえていないと更に頭がアレな人の話になっちゃうんですが、私にとって『8月20日』は特別な日なのです。
あー、もしかしたら『死』って絶対的な救いなのかもね。他のものは違うけれど、死だけは決して私を裏切らない(この感覚的に)。
うん、到底分かってもらえる気がしない。
むしろ引いているゲスト様の顔がすごい見える…
時々ね、このブログがサイトからリンクされていることを忘れているんですが、今回もほぼ忘れててかなり素の自分の話を書いてしまいました。
なんかもう、こんな話っていうかこんな人格でごめんなさい。
特にリアルで会ったことのある人に読まれてたら相当距離置かれるだろうから、誰も読んでいないことを祈ります。(もし読んでいたらまぁ距離置かれることは自由です)
*そのほかのこと*
・昨晩からさらっとtwitter再開しました。
理由は、トヤマガならびにトヤマガらじおアカウントのツイートが活発になってきたので、これ以上反応しないのはどうかと思ったからです。
・トヤマガ!4号の原稿、イラスト部分はペン入れまで終わりました。正直、ペン入れがいい感じなのでこの後のベタ塗り仕上げが怖いです。上手くいけば今月中にイラスト部分は脱稿できるかな。どうかな。
20160507-2.jpg
悲しみのまちに乾いた風が吹く
私はひとりぼっちで 午前0時の空を見ている
走っても走っても届かない夢
嫌われないように私は走った
そろそろ悲しみの雨にも嫌われる頃でしょう
(中2~3ぐらいのときに作った歌を時々掘り起こす)

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