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同居した理由、同居できなかった理由

薄々気付いてはいたのですが、前回の呼吸器内科(喘息の)の後からおもむろに右腕が痒くなってきました。
ボツボツができて、痒い。
最初は手の甲~手首あたりだけだったんですが、昨日ボリボリ掻いていると二の腕までボツボツができていることが判明。

 

そうでないことを祈るのですが、これは薬疹?
そして新しく処方された薬というのは貼り薬だけなので、貼り薬が原因?

 

えーえー嫌だー困ったなー
だってこの貼り薬を貼ってから発作が起こらなくなったんだもんー
とりあえず病院に電話してみないといけないかなぁ。という感じです。前回の受診後から右腕にボツボツができて痒いと。
これで貼り薬中止からの喘息の発作再びだったら弱ったなぁ。

 

 

話を変えまして。気付いたら恋人と同居し始めてから1年が経っていました。

 

じわじわと住処を恋人のアパートに移していた頃はもう葛藤の葛藤で葛藤だったんですが、今はこれが「いつもの日常」となっています。
でも先日恋人に「昔は自分ちじゃないみたいなこと言ってたけど今はどう?そんなことない?」みたいなことを聞かれたのですが、私は割と今でもこの部屋のことを「自分の家」と呼ぶには違和感があって、住処なんだけど自分の家じゃない…みたいなしっくり来なささを抱えながらふわふわ生きています。

 

そもそも恋人は、私が転がり込む前から同居することは考えてなくてむしろ反対、乗り気ではなくて。
どうして恋人が私を受け入れてくれたのかは忘れたし聞いたことがあったかどうかも覚えてないんですけど、まぁ今の生活が成り立っているようです。
…あ。聞いたことあったかも。確か「受け入れないと(私が)行くとこないでしょ」みたいな理由だったかも。忘れたけど。

 

くれぐれも家族との関係がよくなかった、というわけではなかったんですけど、私にとって実家は住みづらい…住みづらいというか生活するのが苦しい場所でした。
どういうことかと言うと若干の強迫性障害ライクな要素が入ってくるのですが、要は「触れなかった」んです。なぜか。家族が触ったものを。
ドアノブ、蛇口、洗面所の淵、タオル、電気のスイッチ、椅子、机…そういう、生活するにあたって触らずにはいられないものが触れなくて私は頭を抱えていました。

そして次第にその生活のしづらさは生活するにあたっての余裕のなさになりそして生きていくことへの余裕のなさになり、ギリギリの精神状態で実家で暮らしていたわけです。
だから恋人の家を避難場所にしちゃったんですよね。勝手に。

 

最初はさっきも書いたように葛藤の葛藤で葛藤でした。「これでいいのかな」と。
でも時間がそうさせてくれたのかなぁ、実家を離れた罪悪感や恋人の家に転がり込んだ罪悪感も次第に和らいでいき、今はいつもの日常になっています。
恋人との生活において「触れない」ということは不思議とないし、家族とも適切な距離感で接せていると思っています。

 

…というわけで、私が恋人の家に転がり込んだ理由を書いてみました。

だから私の中では「同棲」っていう言葉はなんだかしっくり来ないんですよね。双方の合意があって「はい、始めましょう」っていう出だしじゃなかったから。私が勝手に転がり込んできて気が付いたら恋人も受け入れてくれていたので。最初からかっちりしていたわけではなく、ふわふわしたものを徐々に固めていった?ような感じです。固めていったのかな。
んーそんな感じなんで「同棲してるから結婚しようよ」って流れではないんですよねぇ。とにかく、なんだかふわふわしています。ふわふわしていないところもありますが。

 

さて、今日は仕事をして洗濯物を干して…といういつもの生活ですが、まだ愛知での疲れがとれていないようなのでゆっくり休む時間も作ろうと思います。
昨日恋人がちょっと風邪気味っぽかったし、体には気をつけとかなくちゃなりませんね。
それでは長くなっちゃったので今日はこの辺で。今日もやわやわ頑張ります。

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