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でも、だって、どうせ、でも

恋人が帰ってきました。
最初に「今日帰ってくるよ」と連絡を受けたときは喜んだのですが、なんというか、うん。いざそのときを迎えると感動の再会という感じでもなくむしろ「なんと接したらいいのか分からない」という感じで、ぎこちなく一緒にごはんを食べていました。
もろもろがほぐれるまでにちょっと時間がかかったかなー…寝る前に恋人が「久しぶりに一緒に寝るね」とにこっとしてくれたので、それが私のこわばっていた心を解凍してくれたような感じです。

 

っていうかあれです、恋人は出張があるかないかで言ったら「ある」人だし、私のイメージですが世の働く方々(特に男性)の中でもなんとなーく「どちらかと言えば出張の多い」方なんじゃないかなあと思っています。
なのでいちいち感動の再会を意識していたりしていても仕方ないんですけどね。まぁでも「いないと淋しい、いたら嬉しい」みたいな感覚は忘れないでいたいです。

 

 

恋人が「恋人」になり、私は以前と比べて落ち着きを感じてきました。
落ち着き。心の余裕。地に足をつける。穏やかさ。安定感。そんな単語単語を想像していただければ伝わるかなーと。

というか、つい最近までの私がこれら単語の正反対の様子だったんですけどね。1時間いや30分後の自分の様子も想像できなくて、恋人(当時元恋人)との今後もどうなるのか分からなくて、なんかそれらで私はいっぱいになっちゃって。
でもその、一番の詰まっていた「彼との今後」というのが「復縁しました」という展開を見せたことによって、私はぎちぎちに詰められた不安からかなり解放されたのです。

 

となると、先程の落ち着き。落ち着きが生まれると先のこと…そんな、「今日のお昼なに食べよう」というような距離ではなく、月単位年単位の距離で先のことを考える余裕が生まれました。しかも、そこそこ明るく前向きに。
今はどちらかと言うと恋人との先のことより(今は交際しているだけで大満足です)自分自身のことにフォーカスを当てている感じで、端的に言うと「どんな仕事をしよう」「なにを生業にして生きていこう」そんなことを考えています。
ですがこれはこれで今は「分かんない」状態なのも事実。

分かんない、というより、興味関心を示しても「どうせだめだろうしなぁ」というたかが33年分の統計で自分の可能性を切り落としている感じです。だからわざわざ分かんなくさせているのは自分なのです。

自分の絵のクオリティなんて。
文章の求人の応募したって採用されるか分かんないし。
興味のあることはあるけれど、障害があるから継続できるか怪しいし。
資格を取ればって言われるけどお金ないし。

こんな感じです。

 

どうした自分!と。たかが33年分、の統計では「やりたかったらやってみる」のが自分だろう!!
なーんか。年を重ねると、あくまでもビジョンとして描いている「そこそこ安パイな人生設計」とそれまでのうまく行かなかった実績だけが鮮やかになって「でも」「だって」になりますね。年を重ねると言っても人生の折り返しにも来ていませんが。共感を求めるような文章で書いちゃってますが。

 

ひとつ悩みが解決するとまた新しい悩みが生まれる、でもありませんが(そもそもこれを悩みだと思っていない)せっかくの人生なんだから悔いのないように生きたいです。
そして「自分はなにがしたいのか」という自分の心の声と向き合って、もろもろトライできたらなーと。なのでこんなこと言ってますが比較的明るく前向きです。
まぁ、恋人ともうまく仲良くやっていきたいのは言わずもがなですけどね。でもいかんせんふんわりとした交際の始まりだったので、そして恋人も「付き合ってる」とか「彼氏彼女」と言わないので、などなどで、本当に付き合っているのかどうかも不安なんですけどね。こんなこと聞きづらいしそうしつこく聞くもんじゃないし。
まぁまぁまぁそれは。

 

という感じで…はい。今日はこの辺で。
空がどんよりしています。いつ梅雨は明けるのかなぁ。今日ちょっと出かけたいと思っているんだけど。
いずれにせよ、良い1日になりますように。穏やかに1日を終えられますように。

 

顔彩。もうちょっとぱきっとした線の方がいいような気がする。

 

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